あますけ育児日記

日常のこと、育児のことを気なりに書いています

自分

今日、サファリパークへ行って壮大な大地と、ほのぼのした雰囲気、ワクワクして、楽しく過ごしていました。
しかし、ライオン型の大型バスに乗ってから事態は急変。
途中下車してしまった。
本当は出来ないのに…

私は13年前に精神的ストレスで、パニック障害鬱病と診断された。
仕事も忙しく、責任ある立場でだいぶ無理をしてきた。
でも、今考えてみると異常なくらい仕事に執着してきた。
突然の過呼吸。それから起きれない位体調が悪く、車に乗ると過呼吸になり、車に乗れなくなってしまった。
一年半仕事を休業。
復帰したが、退職した。
前職も女性だけの職場でかなりストレスはあった。辞めてだいぶよくなった。
あますけがお腹に居るとわかるまで安定剤も飲んでいた。
妊娠してから止めて、飲まなくても良くなった。
それでも今でも車は苦手。
閉じ込められた感覚になるのか?
とにかく乗り物全般ダメ。
行きたい、乗りたい!やってみたいと思っても、極度に緊張してしまうのか、やっぱりダメだ…となってしまう。
今日のバスもそうだった。
乗りたい!行きたい!と思うものの、不安もあるので、乗車時間を聞いたら大体一時間とのこと。
危険な動物、トラやライオンが居るところは窓も締め切りは勿論、車内には扇風機やクーラーが完備。
ライオンは乗ってすぐのところだから、その後、窓は全て全開に開けれた。
しかし、クーラーがかかり、扇風機も回り、寒いくらいで、運転手さんも、皆を楽しませようと、キリンのところでは、餌をあげたい子供がいる家族のところでまた止まったりとサービス大勢!
(それは全然問題なく、親切な従業員さんです!)
小刻みにバスを動かされたり、私が座った前の家族で来ていた奥さんの香水がきつかったのもあり、だんだん、息苦しく、体も手も冷たくなってきました。
大丈夫!
と深呼吸をしてみるも、草食動物の餌やりで、興奮する子供たちの声、焦れば焦るほど体は冷たくなり、パニック!
手が痺れそう!
「お父さんちょっと具合悪いから下りたい」
「え?下りれないって説明に書いてたよ、大丈夫?」
何だかますます不安に。。
(夫にはこの病気のことは話してるし、夫の前でもなったことがあるので、そうなった場合は不安になってるから、大丈夫と手を握って安心させてほしいと話してあります。)
この空間、めまいもしてきて、息苦しくてもうダメ!と運転手に申し出た。
本当は途中下車なんて出来ないから迷惑だったと思うが、係員の居るところで事情を話し、パーク内専用の車で外に出してくれた。


こちらで休んでくださいと係員の方々が声を掛けてくれて、本当にありがたかった。
そして、ちょっとパークを回るだけで、またこの症状が出たことが、情けなくて情けなくて…
凄く落ち込んでしまった。

私だけ下りると夫にも話したが、夫とあますけも一緒にバスを下りた。
夫は楽しそうにあますけを抱いて動物を見せてるのに…
何で?何でこんなことも出来ないんだ?
情けないお母さんだ…
あますけ、ごめんね!
私はこうやって、車や電車、新幹線、飛行機、乗り物全てが怖くてどこにも行けないんだろうな。
やりたくても出来ない。
と情けない気持ちでいっぱいだった。
象に乗ったのも、最初から乗りたくて行ったのに、頭の中は「象が暴れてあのゴンドラ落ちたらどうしよう…怖い。あますけが怪我したら…揺れるなぁ~…怖い。)頭の中はそのことばかり。
それでも、係員のおばさんが、「大丈夫!こんな貴重なこと、ここでしか出来ないから、奥までゆったり腰掛けて、前後に揺れるから脚で踏ん張ってれば大丈夫!あっという間だよ!」と背中を押してくれた。
勿論、どのくらいの時間乗ってるのかも聞き取り済み。
何のことはない。

私はいつもそう。
必ず頭ではマイナスで悪いことばかり考えてしまい、尻込みしてしまう。
病気になる前はそうじゃなかったのに…
全てが怖くてたまらない。

苦手なものは、
・気温の差。特に寒いのには敏感。
・乗り物全般 車は特に大きい車、1500cc以上は怖い。
・音 大きな音を聞くとパニックになります。それと、電子音が苦手です。なので、携帯の目覚ましが凄く苦手。でも、掛けますが起きるときにパニックになります。
・トンネル 車に乗っていてのトンネルは平然としてますが、パニックになっています。挙動不審だと思う。

前は何ともなかったのに。
私は変わった。
それが本当に嫌で嫌でたまらない。
だから自分の視野も狭くなるし、行動範囲も狭くなる。
どうやったら治るのか。
本当に悩んでいます。

そもそも原因は両親の喧嘩だと思っている。
父親はギャンブル好きでかなり借金して、母親とよく喧嘩していた。
しかも朝から。
毎日。
母親はヒステリックで、声も太くて大きく、言葉でかなり罵って、父親もそれで興奮して、大きい声で罵り合っていた。
毎朝6時から喧嘩。
それで目を覚ましていた。
もう手が付けれないほどの喧嘩で、300キロも離れた弟に泣いて何度電話したことか…
助けてって。

母親は言いたいことを言いたいだけ言わないと気の済まない人で、汚い言葉でヒステリックに発狂し、異常だった。
それを毎日…
お金の喧嘩。
20万、30万、50万と請求されていたらしい。
後に父親債務整理をした。
本当に酷い過去だった。

そんな中、私は精神を蝕まれ、最初は過換気症候群と診断され、3ヶ月で15キロ痩せた。
身長163センチ。洋服は下は5号だった。ジーパンは23インチ。水泳をしていたため肩幅があるので上半身は9号だったが、毎日一キロずつ体重が落ちていった。
怖かった。
それを見兼ねた上司がしばらく休むように指示してきた。
降格されるのが怖くて拒否したが、痩せ方が異常な為、命令だと言われた。
後、1ヶ月休み、復帰してまた一年半休むことになる。

私が倒れたとき、頭にあったのは、今日はあのスーパーで、小麦粉買わなきゃ!だった。
私はジムに通っていたが、そこで倒れた。
その時、頭の中はずーっと小麦粉のことだけだった。
あれ買わないと。
忘れたらまたお母さんに何か言われる。
今日安いから必ず買わなきゃいけない。
と母親に対する強い呪縛があった。

母親の私に対してのこじつけ、束縛、洗脳、これで精神が壊れた。と確信している。
あのかな切り声で父親を罵り、機嫌が悪いとこっちにまで飛び火、核家族でしたので、あの人は誰にも気を遣うことなく、遠慮することなく仕切り屋。
何にも出来ないくせに。
父親のことも見下してきたんだろうと思う。
父親が病気で急に他界。
一人で可哀想と、長男で、家を建てたばかりの夫が私の実家で同居。
職場まで片道50キロ。一時間かかる。
夫の両親も面白くなかったと思う。
住宅ローンを支払ってるのは両親で、名義は夫。
夫は新しい家に入ることなくますおさんに。。
父親が居なくなった母親は、私達にベッタリで新婚生活も何もなかった。
娘を取られた気で居たのか?
時に顔色も悪く、夫も気を遣い、私は母親と夫に挟まれ、夫とはちょっとしたことでいつも喧嘩していた。
とにかく我が強い母親。
私は結婚してから夫の味方となり、二人の時間も生活も大切にしたかった。
それがどんどん母親との溝になり、ある時向こうが爆発。
夫に言葉でヒステリックに罵ってきた。
父親との喧嘩の時みたいに。
その時、私は妊娠9ヶ月だった。
ただでさえ不安定な体なのに、過度のストレスで、お腹がいつも張って、パニック障害の症状の過呼吸みたいな息苦しい感じが続いていた。
もうすぐ産休に入るとき。というか、もう入っていたが臨月まで仕事しようと決めていた。
理由ははひとつ。
母親と家で二人で居たくなかったから。
それだけ。
身重な体は仕事へ行くのはしんどかったが頑張った。時に途中で帰るときもあったし、仕事行くのしんどくて辛いと夫に話していた。
私も限界だった。

それから私達は家出をし、今の家を借り住んでいる。もうすぐ産まれる命。それを守るので精一杯だった。

産後、母になり一番にあの人に電話した。
「今朝赤ちゃん産まれる夢を見たよ。だから産まれたかなぁと思っていた。
産後落ち着いてみたら来てみてね」 との返事。

産後おいでってことはなかったし、子供の体重やらそんなことは聞かれなかった。
入院中も、車が車検で代車だから行けないと言われた。私は妊娠糖尿病が出て、総合病院で出産した為、家から35キロ位離れていた。
運転に自信がないなら別な交通機関で来ることもできるのに、それはしないようだ。
それも信じられなかった。
退院前日、お世話になった叔母に乗せられてノコノコとやってきた。
しかし、自分から孫を抱くことはしなかった。
小さくて怖いと。
叔母が抱くように説得。
私はもう何にも言う気にもならなかった。


産後実家には帰らず一人で子育ての毎日。
退院して来て次の日から一人でこの子を見ないといけない。と相当なプレッシャーだったことをよく覚えている。
1ヶ月検診が終わり、落ち着いてから他の荷物を取りに行った。
それから何度か…5回くらいは行ったかな。
また非常識発言をされ、この人は本当に鬼畜だと感じてそこでまた爆発。
私は4ヶ月のあますけを胸に抱いているのに、ヒステリックなかな切り声での罵声は止まらない。
頭が正常に機能しなくなって、このまま殺めてしまうんでないかと頭をよぎった。
あたしにはあますけが居るんだ。
それだけが私を何とか正常にしていた。

「帰れ!出産祝いは誰の恩恵を受けてもらえたと思ってるんだ?」
などとキチガイな発言をしていた。
もう本当に縁を切ろう。
それから一度着信があった。
ほとぼりが冷めたか?
あますけにでも会いたくなったか?
いや、何か用事の連絡だ。
真相は知らないし聞きたくもない。
着信拒否にして今に至る。

そしたら凄く気持ちが楽になって幸せな気持ちになった。
毎日毎日幸せで、こうやって、忘れていこうと心に誓った。

あの人、いや、アイツを思い出すと、怒りで震えてくる。
あそこを離れてから、夫にも優しくなったと言われる。
こうしなければいけないんだ!あーしなければならないんだ!と言う強い呪縛から解き放たれたんだと思う。
もう会うことも行くこともない。
この場所は教えてないし、勿論来たこともない。
郵便が間違えて向こうに行ったこともあったが、封筒に入れて送ってきた鬼畜。
手紙もなんも入っていなかった。
あますけ元気なのかともなかった。
それでいい。
私も二度と行かないしあますけのことは見せない。
喧嘩をして出ていったあの日、臨月の娘に「腹蹴ってやるかと思った!!」と、叔父、叔母がいる前で言った鬼畜。
お前は孫を殺めるとこだったのか?
許せない。

お前のせいであたしはこんな体になった。
あんな両親の喧嘩見ていたら精神崩壊するよなぁと今つくづく思う。
絶対そうなりたくない。
夫の気持ちを踏みにじり、自分のことしか考えていないお前。
男を建てれない自分が一番の鬼畜。
あんたはあたしの夫を何だと思ってんだ?
あますけを何だと思ってんだ?
絶対抱かせません。

私は父が亡くなって実家は無くなったと思っている。
あますけには夫の両親であるおじいさん、おばあさんしか居ない。
あますけ、ごめんね。


これから保育園に入り、バスでの遠足やら一緒に行けるのか?
どうやったら良くなるのか、知りたい。


帰宅してからも、夫が家事を手伝ってくれないこと、私がやることは手伝ってくれないことに、かなりイライラ。
無くすと危ないからってここに画ビョウ置かないでと話したところにまた置いて、無くなって探すはめになりイライラ。
無頓着なのか?
あますけが這っていったら危ないし、何でも口に入れるから気をつけないといけないと言うのに。

楽しく過ごしてからのイライラ…
残念に思う。
明日は日曜日だけど夫は仕事。
ゆっくり休みたい。
ある意味ワンオペ育児。
いつも何かに怯える癖がついている自分。
根暗だと思う。
ウジウジして。
ねちねちして。
サファリパークで象と3人で撮った写真もデブでブスなメガネおばさんが写っていて死にたいくらい落ち込んだ。
あますけのお母さんなんだからもっと自信もってニコニコしていたい!
前はこうだったのに…と過去のことを引きずりウジウジ…
いつからこうなってしまった?
明るくていつも笑顔だね!と回りから言われる位笑顔がトレードマークだったのに、今は神経質な顔で、ナイフのように鋭いときもある、デブブスメガネ。
メガネかけてなかったのに、転職してからパソコン管理が多くて視力はどんどん下がってメガネないともう見えない。
レーシックやりたいけど田舎でやるとこない。エステも通いたいがやるところがない。
綺麗になれないのか?
このままおばさんになっていくのかな?

そんなことをモヤモヤ考えて寝るとします。